彼方に灯る

他力の中で自力を遊んでみよう

疑問を抱くことさえも

お久しぶりです。

今年は他力の中で自力を遊ぶをテーマにして毎日を過ごしています。

「こうしたい」「こうありたい」が出てくる自分もゆるされて存在しているし、それゆえ「こうしたいのに出来ない自分」「こうありたいのになれない自分」でじたばたしていることも「在るなあ。それさえゆるされているのに。」とじたばたしている自分が滑稽な分愛おしいと思ったりもしています。

 

例えば体調管理なんかも自力でどうにかなるようにとあれこれとしている。そもそも生きていること自体、大きないのちの流れの中にいるのだけど。

それを一日のどこかで感じるようにしています。

 

何かに触れる度に、誰かと接する度に生まれてくる思いも「ああ、在るな」と気づいています。思ってしまう自分、思っちゃいけないという自分。どっちも居ていいし、実際に在るのだから。

 

私がラジオ瞑想のトークを聴き始めた時も、そして現在も、全てをすんなり納得出来ている訳ではありません。

ブログを読んでいて「えー、そんなこと言ってるけどさ…」「えっ、ちょっとわからない…」と思うことは今だってあります(笑)。

自分と他者についてとかは今も模索しています。

 

わからないからこそ、疑問を抱くからこそ、答えを探す楽しみもあります。

探すものではないかもしれないし、ただ事実として在ることなのかもしれません。

それはそれとして宝箱が開く楽しみとして疑問が在るということにしています。

それすら「他力の中で自力を遊ぶ」なのでしょうね。

日日是好日