彼方に灯る

他力の中で自力を遊んでみよう

お天道様が見てくれている

 

昔からよく言う「お天道様が見てる」。

ネットで意味を調べると

人間の悪事に対して、ほかの人間が誰も見ていなくても太陽はきちんと見ているのだから、どんな時でも悪事ははたらかぬべきだと説く語。お天道様がそのまま太陽を意味することもあれば、神や仏といったものの象徴として扱われることもある。

weblio辞書

私も子供の頃からずっとこの意味だと疑うことなく思っていました。

お天道様が見てるから、悪いことをすれば必ず自分へと返ってくる。だから正しく生きていかなくてはいけない。

 

生きていく上で大なり小なり、目をつぶらなくてはいけないことがあったり、後ろめたく思いながらもしなくてはいけないことがあったり、自分の欲に走ってしまったり。

そんな時やっぱり肩身は狭くて、何かに誰かに怯えて。時間の経過と共に少しずつそれらは薄れますが。

 

今朝、ラジオ瞑想の後に朝ごはんを食べて洗い物をしながら窓の外に目をやりました。

暖かな朝の光が外の世界に広がっていて、草木も伸び伸びとしているようで。

 

「お天道様が見てる」じゃないな。

「お天道様が見ていてくれる」だな。

監視してるのではなく、どこまでも温かくどこまでもゆるやかに見守られている。

コソコソと後ろめたいことをしてしまった日も。

誰かに優しく出来た日も。

お天道様はただ、ありのままに見てくれている。

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他力って本当にどこまでいっても、どんなに私たちが疑ったり、そっぽを向いても、ただただそこにあるもののことなのか…と。

令和の時代は「他力の中で自力を遊ぶ」そんな在り方を味わってみようと思います。日日是好日

 

小出遥子さんのツイキャス

ラジオ瞑想は毎朝6時からです。

小出遥子(こいではるこ) (@haruko_koide) 's Live - TwitCasting