彼方に灯る

ラジオ瞑想・Aメソッドや日々の記録

どうしたって生きている

リアル版・遥子の部屋でのお話タイムで以前に遥子さんが紹介していた「自分の死に顔を眺める」というワークの話題になりました。

自分の死に顔を眺めてみよう | 小出遥子オフィシャルサイト

以前に一度試した時はこんな感じでした。

 

先月、祖父が亡くなったこともあり、今もう一度このワークをしたらどう感じるだろう?と思いながらバスに揺られて帰り、早速寝る前に試してみました。

祖父の葬儀を思い出し、自分の死に顔を想像し、なりきって他者の目線で見てみる………

………

………

自分の呼吸を意識してしまいます。

呼吸が浅いとか、苦しいとかではありません。

ただ自分が呼吸をしていることに気が向くのです。

 

気を取り直してまた想像し、眺めてみます。

しばらくすると今度は自分の脈拍に気が向きます。普段なら気づかないのですが……。

 

呼吸も脈拍も自分が生きるための体の働きです。体は生きようとしている。どうしたって「今」「わたしは」生きている。それを改めて実感しました。

 

さて、日を置いて今朝もう一度この「死に顔を長めるワーク」をしてみました。

今朝は「体は器だな」と感じました。「体=いのち」でもなく、「心=いのち」でもない。

体がなくなったらいのちが消えてなくなるわけではないのかもしれない。

それこそ、前の記事のように一本の線香が燃え尽きた時に香炉の灰とひとつになるように。

 

自力で生きてしまう私たちにとって、死は本当に他力へ一切をゆだねられる門出なのかもしれません。日日是好日

 

 

小出遥子さんのツイキャス

ラジオ瞑想は毎朝6時からです。

小出遥子(こいではるこ) (@haruko_koide) 's Live - TwitCasting

香炉の灰は他力の灰

香炉に灰があること - 彼方に灯る

以前にラジオ瞑想の後でこんな夢を見ました。

最近になってこの「香炉に灰があることを知っていること」は他力の中にいることを知っていることじゃないかと思い始めました。

 

ラジオ瞑想で丹田へとこころが下りていくように、自力であるお線香の私が少しずつ下へと燃えていき、やがて自分も灰に…というよりも、寧ろずっと灰の中に私はいたんだなと気づくこと。

それが「香炉に灰があることを知ってること」なのかなと。

今朝のラジオ瞑想は自分がふかふかサラサラの灰の中に自分もやがて灰になっていくつもりで楽しみました。日日是好日

 

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真珠の涙が湧いてくる

先月、祖父が亡くなりました。

ルーティンが軸となる - 彼方に灯る

私が遠く離れた土地へ引っ越したため、死に目に会えないことは覚悟の上でした。

早朝に家族から電話があり、息を引き取ったと。

 

慌ただしく荷物をまとめ終えて、あとは家を出るばかりになった頃ちょうどラジオ瞑想が始まる数分前でした。

ラジオ瞑想に参加して、ツイキャスのコメント欄に「身内が亡くなりました。しっかりと悲しんできます。」と確かコメントをしたと思います。

白隠慧鶴の弟子だったおさつ婆さんが、孫娘を亡くして大泣きし、周りに「あなたは白隠さんに認められ、悟りを開いたはずでは」と言われ「うるさい、今、私は真珠の涙を流している」と返した話を思い出していました。

 

それから家を出て、数時間かけて祖父の家を目指しました。

祖父の家に着き、仏間に入ると綺麗な布団に寝かされた祖父の姿がありました。

次の瞬間、私は文字通り泣き崩れていました。

祖父はお浄土へ迎えられた。苦しいことはもう何も無い。

そう思ったところで涙は後から後から出てきて、ただただ悲しく。

 

納棺で泣き、通夜で泣き、葬儀も泣き、火葬の前には「行かないで!」と嗚咽。

 

火葬が終わり、お骨を眺めているとそこに仙骨が綺麗にその形のままあることに気づきました。

体の丹田はちょうど仙骨の前あたりに位置しています。

いのちだなあ。

そう思いながら私は仙骨を骨壷へとおさめました。(大きかったのでやむなく崩しましたが…苦笑)

 

祖父の死は私にたくさんのことを教えてくれました。いのちのこと、体のこと、そして生真面目だと勝手に私が思い込んでいただけで実はそこそこ遊んで人生を謳歌していたことも(笑)。

 

真珠の涙を流したら改めて生きることが肚へと下りてきた気がします。日日是好日

 

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お天道様が見てくれている

 

昔からよく言う「お天道様が見てる」。

ネットで意味を調べると

人間の悪事に対して、ほかの人間が誰も見ていなくても太陽はきちんと見ているのだから、どんな時でも悪事ははたらかぬべきだと説く語。お天道様がそのまま太陽を意味することもあれば、神や仏といったものの象徴として扱われることもある。

weblio辞書

私も子供の頃からずっとこの意味だと疑うことなく思っていました。

お天道様が見てるから、悪いことをすれば必ず自分へと返ってくる。だから正しく生きていかなくてはいけない。

 

生きていく上で大なり小なり、目をつぶらなくてはいけないことがあったり、後ろめたく思いながらもしなくてはいけないことがあったり、自分の欲に走ってしまったり。

そんな時やっぱり肩身は狭くて、何かに誰かに怯えて。時間の経過と共に少しずつそれらは薄れますが。

 

今朝、ラジオ瞑想の後に朝ごはんを食べて洗い物をしながら窓の外に目をやりました。

暖かな朝の光が外の世界に広がっていて、草木も伸び伸びとしているようで。

 

「お天道様が見てる」じゃないな。

「お天道様が見ていてくれる」だな。

監視してるのではなく、どこまでも温かくどこまでもゆるやかに見守られている。

コソコソと後ろめたいことをしてしまった日も。

誰かに優しく出来た日も。

お天道様はただ、ありのままに見てくれている。

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他力って本当にどこまでいっても、どんなに私たちが疑ったり、そっぽを向いても、ただただそこにあるもののことなのか…と。

令和の時代は「他力の中で自力を遊ぶ」そんな在り方を味わってみようと思います。日日是好日

 

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他力の中で自力を遊ぶ

最初に書いておきますと、今日の記事のタイトルは私の理想です。

とはいえ、このブログを書く行為がそれに近いかなとも思っています。

 

リアル版・遥子の部屋に参加しました - 彼方に灯る

先日のリアル版・遥子の部屋でのミニ講座でのこと。

「ラジオ瞑想は自力から他力に移るようになってるんですよね」

という遥子さんの発言に「なるほど」と頷きました。

それを思い出し、今朝はYouTube版も使わずにセルフラジオ瞑想をしてみました。

 

姿勢を整え、準備瞑想では呼吸を整えていきます。確かに自力です。

続いてラジオ瞑想第一では頭のてっぺんからこころを丹田までおろしていきます。

これも自力です。

やがて、こころをおろした丹田がじわじわと温かくなり、広がって、やがて形を持たない大きな大きなTANDENの中に自分がすっぽりといる。

このあたりから他力モードです。

ラジオ瞑想第二ではTANDENにある本当の目や耳やこころで今聞こえている音、見えているもの、浮かんでくる感情、感覚…それらがあることをただ受けとっていく。

ラジオ瞑想第二では私たちがしなくてはいけないことは何もない。

いつの間にかとっぷりと他力の中です。

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自力でああしよう、こうしよう、もっとよくしよう。

こわい、さみしい、それらをどうにかしたい。

たのしい、うれしい、それらをもっと味わいたい。

そんな状態ですら、本来は大きな大きな果てを持たない他力の中にある。

 

そう思ったら、いのちってなんていじらしくて愛らしいのでしょうか。

究極の状態は「他力の中で自力を遊ぶ」なのだなあと。

さすがにまだ仕事や生活の中でそこまでの境地には至れていませんが(笑)

そんな自分も他力の中なんだと思うだけでちょっと何かが違う気がします。日日是好日

 

小出遥子さんのツイキャス

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受け取って生きている

先日、へそヒモを巻いてラジオ瞑想を視聴していた時のこと。

「TANDENにある本当の目で受け取るように見る」

「TANDENにある本当の耳で受け取るように聞く」

そんなガイダンスを聞いてラジオ瞑想第二を続けているとふわっと実感したことがあります。

 

私たちは受けとって生まれてきて、受けとって生きている。

この体を、この心を、受けとって生まれてきた。

この瞬間瞬間を受けとって生きている。

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楽しいこと、嫌なこと、幸せなこと、困ったこと、春も夏も秋も冬も、生きている私たちは受けとっている。

がんばってもがんばらなくても、今この瞬間を受けとっている。

 

そう感じるととても軽やかで温かくて。

TANDENで生きるってこういうことかなと考える令和元年二日目の今日です。日日是好日

 

 

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へそヒモとTANDENメソッド

先日のリアル版・遥子の部屋にも書いたヒモトレのことです。

リアル版・遥子の部屋に参加しました - 彼方に灯る

2年前、何をきっかけかは忘れましたがヒモトレを知りました。姿勢の改善や腰痛の予防に良いかもしれない…そう感じて100円ショップつで丸紐を購入して背中にたすき掛けしてみたりへそに巻いてみたりしました。

 

劇的に効く!というのではなく、何だかうまく言えないけど、あれ?いつもと違う…?という感覚です。

 

たすき掛けして、へそヒモをして、足にも巻いて、寝る前や家にいる時は頭に巻いて顎にも…と身体中ヒモだらけになるのにそう時間はかかりませんでした。

何かが違う気がする。何だかかえって不自由じゃないだろうか。

そんな心の声がしました。

私は不安を解消したいためにヒモトレに執着しているのではないか。

 

ヒモトレさえあれば!と思いたかった。

どんなに働いても疲れない、痛みのない体が欲しかった。

そんな体になれば仕事も生活もうまくいきそうな気がする。

 

その当時は切羽詰まるほど腰痛や肩こりで悩まされていたわけではありません。

不安を解消したいがための過剰な欲に支配されていたのです。

 それに気づいて一旦ヒモトレを離れました。

 

そして2年後、リアル版・遥子の部屋で久しぶりにへそヒモを巻きました。

やっぱり劇的な効果があるわけではありませんが、そこにただ「ある」こと。なんとなくそれが、ああ、TANDENメソッドと同じなんだとすとんと落ちてきました。

 

まだ起こってもいない体への不安を解消するために次々とヒモを増やしていくのではなく、ごくシンプルにへそヒモだけにして、その感覚を受けとっていく。

私にはこのやり方が合っているようです。

 

リアル版・遥子の部屋以来、へそヒモを巻いてラジオ瞑想をして生活を送っていますが、だからでしょうか、TANDENやラジオ瞑想で受けとる感覚がまた変わってきました。

アンテナの精度が良くなったような。

少しずつまたブログに書いていきたいです。日日是好日

 

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